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第17話 君を失う悪夢の果てに

Author: 東雲明
last update publish date: 2026-09-07 12:16:09
 翌日、練習場に行くと、見たことのない小型の腕時計と、ヘルメットのようなものが置いてあった。

 高い窓から差し込む朝の光が、訓練台に二つの影を落としている。昨日片づけた器具は壁際に収まり、床にも余計な足跡はない。それなのに、その場所だけが誰かの意思で切り取られたように見えた。

 腕時計を持ち上げると、黒い帯の内側で銀色の端子が光った。隣のヘルメットには目元を覆うレンズがあり、指に触れた内張りは柔らかい。箱も説明書もなく、持ち主を示す印さえ見当たらなかった。

「一体誰がこれを」

「それは小型の心電図とVRゴーグルだ」

 突然響いた声に、俺は顔を上げた。

 開いた扉の向こうには無人の廊下が続いている。収納棚の陰を見ても、窓際へ目を走らせても誰もいない。音が壁から反射するせいか、頭上からなのか背後からなのかさえ判別できなかった。

「お前は誰だ!」

「俺のことは聞くな。光の護身術を完成させたければ、黙って俺の言う通りにしろ」

 胸の奥に、冷たいものが沈んだ。

 俺がここで何をしているか知っている。しかも、正体を隠したまま従わせるつもりでいる。マルクスやヴェルナー家への疑念が晴れない今、差し出さ
東雲明

今話では、ハヤトのVRゴーグルを用い、仮想空間での光の護身術の訓練が描かれます。ただ力で押し切るのではなく、相手の呼吸や光の乱れを見極めることを学んで行き、これまでの成長が描かれます。そして最後に本物のミナに実践し、物語に説得力を与えています。少しでもおもしろいと思われましたら是非ブクマ、評価、レビューいただけますと泣いて喜びます。

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  • 入学初日に、世界を救う医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜   第17話 君を失う悪夢の果てに

     翌日、練習場に行くと、見たことのない小型の腕時計と、ヘルメットのようなものが置いてあった。 高い窓から差し込む朝の光が、訓練台に二つの影を落としている。昨日片づけた器具は壁際に収まり、床にも余計な足跡はない。それなのに、その場所だけが誰かの意思で切り取られたように見えた。 腕時計を持ち上げると、黒い帯の内側で銀色の端子が光った。隣のヘルメットには目元を覆うレンズがあり、指に触れた内張りは柔らかい。箱も説明書もなく、持ち主を示す印さえ見当たらなかった。「一体誰がこれを」「それは小型の心電図とVRゴーグルだ」 突然響いた声に、俺は顔を上げた。 開いた扉の向こうには無人の廊下が続いている。収納棚の陰を見ても、窓際へ目を走らせても誰もいない。音が壁から反射するせいか、頭上からなのか背後からなのかさえ判別できなかった。「お前は誰だ!」「俺のことは聞くな。光の護身術を完成させたければ、黙って俺の言う通りにしろ」 胸の奥に、冷たいものが沈んだ。 俺がここで何をしているか知っている。しかも、正体を隠したまま従わせるつもりでいる。マルクスやヴェルナー家への疑念が晴れない今、差し出された物を無条件に受け取れるはずもない。だが、この声と彼らを結びつける根拠もなかった。 俺は心電計を裏返した。皮膚に触れる部分に針はなく、薬剤を入れるような構造も見えない。電源を押すと小さな画面が点灯し、装着を促す表示が現れた。「俺に何をさせたい」「光の使い方を覚えろ。力任せじゃ先へ進めない」 痛いところを、見透かしたように言う。 扉の前で靴音が止まった。保温ボトルを持つエマと、紙袋を提げたテオが、俺の手元を見て眉を寄せている。事情を説明すると、エマは機器より先に俺の顔を確かめた。「出所も分からない物を使うなんて、賛成できないわ」「分かってる。だから、少しでもおかしかったら止める」「それをあなた一人で判断しないで、と言っているの」 エマは訓練台へボトルを置いた。テオも俺の隣へ立ち、ゴーグルの帯を伸ばして傷みがないか確かめる。「じゃあ俺たちも見張る。中で何を見せられるかは分からなくても、こっちのお前は見えるからな」 二人の存在に背中を押されながら、同時に、その助けを当然にしてはいけないとも思った。俺は頷き、心電計を左手首へ巻く。画面を走り始めた緑の波形は、俺自身の鼓動

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    「ミナとキスしたぁ?!」 エマとテオの声が、寸分違わぬタイミングで重なった。 白を基調とした獅子寮の食堂に、二人分の驚声が大きく反響する。朝食を運んでいた生徒が足を止め、近くの席では食器の触れ合う音まで途切れた。高い窓から射し込む朝日も、焼きたてのパンから立ち昇る湯気も、今だけは妙に明るく俺を照らしている気がする。 俺は口元へ運びかけていたスプーンを止めた。 薬草入りのスープが揺れ、白い表面へ小さな波紋を作る。昨日、限界を越えて医療戦士の力を使った反動は、一晩眠った程度では抜けていない。息を吸うたび胸の奥が狭まり、右手には食器の重ささえ持て余すような震えが残っている。 そんな身体の不調とは別の意味で、心臓が強く跳ねた。「やったな、ハヤト! これでお前も恋愛上級者だ!」 パンを口いっぱいに頬張ったまま、テオが親指を立てる。声はひどく籠もっていたが、よりによって内容だけははっきり聞き取れた。 テオはすぐに目を丸くし、何度か噛んでから慌てて飲み込む。口元を布巾で押さえ、今度こそ胸を張り直した。「ただの治療行為だ!」 自分でも驚くほど大きな声が出た。 周囲の席から笑い声が起こり、何人かの獅子寮生が楽しそうにこちらを見る。悪意のある視線ではない。それでも、逃げ場を失ったような居心地の悪さが背中へ集まってきた。 昨日、ミナは呼吸を失いかけていた。 あの瞬間の俺に、迷っている余裕などなかった。唇を重ねたのは、医療戦士の力を直接送り込み、途切れかけた呼吸をつなぐため。ほんの一度、救命に必要な間だけ。 覚えているのは、冷えた頬と、返事のない静けさと、自分の力が尽きていく恐怖。それなのに、触れた唇の柔らかさまで記憶から消えてくれない。 命を救うための行為を、自分に都合のいい恋愛の思い出へ変えたくなかった。「朝から大声を出さないで」 珍しく目を見開いていたエマは、ひとつ息を整えると、すぐ普段の冷静さを取り戻した。細い指で前髪を耳へ掛け、周囲へ短く頭を下げる。「自分で食堂中に知らせてどうするのよ」「俺が知らせたわけじゃない。そもそも、あれは本当に――」「治療行為、だろ? そこは分かったって」 テオが面白そうに身を乗り出す。「でも、なんでそこまで否定する?」 答えようとして、言葉が喉につかえた。 好きではないと否定することなら、できない。 俺

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    「来ないで、ハヤト」 閉ざしきれずに残った数センチの隙間から、その声だけが朝の廊下へこぼれ落ちた。 医療棟の空気は、外よりもわずかに冷えている。天井の照明は夜間用の淡い明るさから切り替わったばかりで、白い壁の上には、窓から差し込む朝日が青みを帯びた長方形を作っていた。 俺はミナの個室の前で立ち尽くした。 昨夜から、学園と医療棟には光の病への緊急対応として移動制限が敷かれている。廊下の案内端末には赤い警告表示が浮かび、許可を持たない学生の移動は禁止された。学園側の一部区画も閉鎖され、医療棟と校舎をつなぐ通路には隔離設備が降ろされている。 誰が最終的に制限を決めたのか、俺には知らされていない。 分かっているのは、ミナがようやく手にした週に一度、午前中だけの通学許可まで取り消されたこと。それだけだった。「少しだけでいい。顔を見せてくれないか」 扉の向こうから返事はない。 ただ、息を押し殺すような小さなすすり泣きが聞こえた。 昨日のミナは、新しい制服の袖口を何度も撫でていた。初めて高等部へ通うために用意された制服。医療棟の個室から教室へ向かうだけの短い時間を、何日も前から待ち続けていた。 教室の窓から見えた景色や、廊下ですれ違った生徒のことを、ミナは楽しそうに話していた。獅子寮の紋章を指で示しながら、ハヤトと同じだね、と笑っていた声が耳に残っている。 その学校生活は、たった一日で途切れた。 扉の隙間から、新しい布地と糊の匂いが流れてくる。医療棟の消毒薬に混じっても、それだけははっきりと分かった。 室内の椅子には、制服の白い上着が掛けられていた。視界に入るのは片方の袖と、朝日を受けて淡く光る獅子寮の紋章だけ。その下には、まだ折り目の残るスカートの端が覗いている。 まるで、次に着る朝がすぐ来ると信じて、丁寧に用意してあるように見えた。 俺は扉へ一歩近づいた。「来ないで!」 先ほどよりも強い声が飛んできた。 鋭さは一瞬しか続かなかった。最後の音が震え、すぐに嗚咽へ変わる。その泣き方に触れた瞬間、扉へ伸ばしかけた手が止まった。「ミナ……」 担当医から、彼女が面会謝絶を願い出たと聞いている。治療に必要な担当医と看護師を除き、誰も病室へ通さないよう頼んだという。 俺だけを拒絶しているわけではない。 今のミナには、誰かの顔を見ることも、励まし

  • 入学初日に、世界を救う医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜   第14話 お姫様と呼んだ理由

     朝の医療棟は、夜間照明が消えたばかりで、廊下の隅に薄青い静けさを残していた。窓から差し込む光はまだ弱く、白い壁や床へ冷たい輪郭をつくっている。個室の扉を閉めると、遠くを行き交う職員の足音も曖昧になり、部屋には俺とミナの呼吸だけが残った。 ミナは制服姿でベッドの縁へ腰掛けていた。膝に置いた鞄の留め具を開けては閉じ、胸元の獅子寮章が曲がっていないか何度も確かめている。週に一度、午前中だけ許された高等部への通学。それでも病室と処置室を往復してきた彼女には、一週間を待つ理由が初めて生まれた。 窓辺の小机には、真新しい教科書と数枚のプリントが積まれている。文字の横には丸い字で書き込みが増え、ページの端には友達から教わったらしい印までついていた。 俺は椅子へ座り、制服の襟に入り込んでいた髪を外へ払ってやった。触れた首筋は熱すぎず、呼吸にも目立った乱れはない。昨夜から体調が上向いているという説明を、ようやく自分の目でも確かめられた気がした。「昨日ね、女の子の友達ができたの」 ミナの声が、朝の静かな部屋へ弾んだ。「休み時間に窓際の席へ来てくれて、次に私が学校へ来る日までに、面白い話をいっぱい用意しておくって。授業のことだけじゃなくて、好きなお菓子とか、放課後にどこへ寄りたいかとか、そういう普通の話もしたよ」 放課後という言葉を口にしたとき、ミナの笑顔がほんの少しだけ揺れた。今はまだ、彼女に放課後はない。午前の授業が終われば、そのまま医療棟へ戻らなければならない。 それでもミナは寂しさを表へ出さず、鞄から一冊のノートを取り出した。「男の子の友達もできたよ。私が休んだ日のノートを見せてくれるの。移動する授業のときも、疲れてないか聞いてくれて、ゆっくり歩いてくれる」「ずいぶん気が利くんだな」「うん。すごく優しいよ」 俺の口から出た声は、自分で思ったより低かった。 体調を崩しやすいミナを気遣ってくれる級友がいる。喜ぶべき話でしかない。俺が大学部の講義を受けている間も、彼女のそばに目を配る相手がいるなら心強い。 頭ではそう理解しているのに、胸の内側にざらついたものが生まれた。顔も知らない男子がミナと並んで歩き、彼女のために速度を落とす姿が、勝手な想像の中で形を持つ。病室以外のミナを知らない自分だけが、少しずつ取り残されていくように感じられた。「それから、別の

  • 入学初日に、世界を救う医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜   第13話 九十七個の失敗消化表

     地下練習場の天井には、白い照明が等間隔で埋め込まれていた。光沢を抑えた床へ長方形の光が連なり、壁際では空調設備の表示灯が青く明滅している。訓練用マットも測定器も収納棚へ収められ、広大な室内に動くものは俺一人しかいない。 蛇寮の生徒たちに使用枠を押さえられる前に、早朝の申請受付と同時に予約を入れた。講義棟から遠い地下区画まで来る生徒は少なく、扉が閉まると上階の足音さえ届かない。 静かすぎる空間では、自分の呼吸だけが妙に大きく聞こえた。 床の中央に立ち、肩幅に足を開く。膝を固めず、背筋を伸ばし、肩から力を抜く。呼吸を深くしようと意識すると、かえって胸へ余計な力が加わる。肺をいっぱいに満たすのではなく、入ってくる空気を拒まない程度に吸い、細く長く吐く。 光の護身術に必要なのは、力任せの明るさではない。 相手の呼吸や脈に合わせ、必要な量だけ光を送り続ける。多すぎれば相手の身体を疲れさせ、少なすぎれば支えにならない。術者の焦りや恐れがそのまま光の揺らぎへ現れるため、自分の身体を安定させることが最初の条件になる。 その最初から、俺はつまずいていた。 両手を胸の前へ上げ、掌の間へ意識を集める。 指先が温かくなり、白い粒が空中へ浮かんだ。散らばっていた粒は互いに引き寄せられ、淡い光の膜を作ろうとする。 同時に、胸の奥へ圧迫感が広がった。 心臓を内側から握られたように脈が跳ね、その次の鼓動が遅れて追いつく。吸い込んだ空気は喉の下で細くなり、胸へ届く前に途切れた。掌の高さを保とうとしても、指先が意思とは関係なく震え始める。 まだ消すな。 呼吸を整えれば保てる。 そう考えた瞬間、光の量が一気に増えた。 掌の間で膨らんだ光が薄い膜を破り、細かな粒となって散っていく。白い残光は床へ落ちる前に消え、俺の荒い息だけが壁に反響した。 腕を下ろし、その場で足踏みをする。 胸へ手を当てたくなったが、まずは息を吐いた。苦しさから逃れようとして大きく吸えば、脈がさらに乱れる。前回の訓練で嫌というほど分かったことだ。 練習場の端までゆっくり歩き、壁際の長椅子へ置いたノートを開く。開始から発作までの時間、光量、呼吸の長さ、姿勢の崩れを一つずつ書き込んだ。 文字の後半が右下へ傾いている。ペンを握る指の震えは小さいものの、無視できるほどではない。視線を床へ移すと、青い区画線

  • 入学初日に、世界を救う医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜   第12話 守られるだけのわたしじゃない

    「ハヤト!今日も来てくれたんだね!」 病室の扉を開けた途端、窓辺にいたミナが弾かれたように振り返った。 午後の光を溶かした白いカーテンが、開いた窓から入る風にふくらんでいる。その前を横切り、ミナは寝間着の裾を揺らしながら駆けてきた。床を蹴る足取りは以前よりもしっかりしていたが、病室で過ごす時間の長かった体には、その数歩さえ急すぎる。「待て、走るな」 伸ばした手より早く、ミナが俺の胸へ飛び込んできた。 勢いを受け止めきれず、靴底が床を擦る。反射的に片腕を背中へ、もう一方を肩へ回すと、彼女の軽い体がすっぽりと胸の中へ収まった。「会いたかった」 服越しに伝わる声が、ひどく近い。 細い腕が俺の背へ回り、指先が上着の布をつかむ。日なたに干したシーツに似た匂いと、ミナの髪の柔らかな香りが鼻先をかすめた。触れた肩には、以前のような冷たさはない。それでも、走った直後の呼吸は浅く、俺の胸元で背中が小刻みに上下している。 大学生が高校生に手を出しちゃダメだろ。 咄嗟に浮かんだ言葉で自分を戒める。だが、突き放すことはできなかった。 背中を支える手へ、ほんの少しだけ力を込める。温もりを確かめるための、短く静かな抱擁だった。それでも胸の奥では、守らなければという義務だけでは片づけられない感情が、息苦しいほど膨らんでいた。「今日も、じゃない。昨日は講義が長引いて来られなかった」「来てくれなかった日まで数えたら寂しいから、今日もでいいの」「勝手な数え方だな」「わたしが決めたの」 ミナは俺の胸に頬をつけたまま笑った。 その声は明るい。けれど息が整うまで、背中へ回された腕は離れなかった。「ほら、ベッドに戻るぞ」「もう少しだけ」「走ってきた人に延長はない」「けち」「悪化させるよりいい」 肩を支えながら体を離すと、ミナは名残惜しそうに指をほどいた。頬には薄い赤みがあり、唇の色も悪くない。それでも呼吸を深くしようとするたび、胸元がわずかに揺れている。 窓際のベッドまで、俺は彼女の歩幅に合わせた。 病室の中には、穏やかな陽射しが満ちていた。机に置かれた水差しが光を反射し、壁へ淡い模様を落としている。窓の向こうには、白く磨かれた校舎と医療棟をつなぐ連絡通路が見えた。制服姿の学生たちが行き交い、その話し声がガラス越しに遠く聞こえる。 ベッドへ腰を下ろしたミナは

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